インタビュー記事②
村中大祐の講談社「クーリエ・ジャポン」インタビュー記事②
世界で活躍するオーケストラ指揮者が語る「ボーダーレス時代のリーダーシップ論」②
Photo:Daisuke Muranaka©中村ユタカ
ウィーンやローマなど長く海外で活躍し、今は主に東京とロンドンを拠点に演奏活動を行う指揮者・村中大祐。創立10年を迎えた「オーケストラ・アフィア」(Orchestra AfiA)を率いて世界的に高く評価され、5ヵ国語に堪能な彼に、前回に続いて、国の違いを超えて世界の人々の心を震わせる秘訣を聞いてみた。
世界に響いた「自然と音楽」というテーマ
――昨年の暮れ、2015年12月11日に紀尾井ホールで行われた公演「シルクロードへの旅」を指揮された印象はいかがでしたか。マーラーの「大地の歌」の室内オーケストラ版新版を日本初演されたとして、音楽ファンの間で注目されていましたが。
村中 おかげさまで、来日して私たちオーケストラ・アフィア(Orchestra AfiA)と共演してくれた歌手陣も素晴らしい出来で、アフィアの新しい可能性を確認することができました。今後、マーラーの交響曲を少しずつ演奏していくつもりです。でも、その前にベートーヴェンやメンデルスゾーン、シューマン、シューベルトといったレパートリーを積み重ねていきます。
ところで、実は海外から朗報が届いたんですよ。
――何があったのですか?
村中 私たちオーケストラ・アフィアが、世界のクラシック音楽の団体が多数参加する「クラシカル・ネクスト!」(Classical Next!)で「イノヴェーション・アワード」にノミネートされたのです。非常にありがたいお話でした。連絡を頂いたのは、ちょうど先ほどお話しした12月11日の公演の打ち上げが終わった直後、ベルリンの本部からのメールによるものでした。
ノミネートの理由として挙げられていたのは、オーケストラ・アフィアが2013年から始めている「自然と音楽」(Nature and Music)のテーマがオリジナリティに富んでいる、ということで彼らの目に留まったのだそうです。
――「自然と音楽」をテーマに据えたいきさつを教えてください。
村中 2011年3月に起こった東日本大震災で、私はアーティストとして何もできませんでした。ただし当時、イタリアのパレルモ市のシチリア交響楽団(Orchestra Sinfonica Siciliana)で春の公演を指揮する予定だったのですが、そのプログラムのモチーフを急遽「海」とし、震災への追悼の意を込めて、ドビュッシーの交響詩「海」やブリテンの「海の間奏曲」を演奏したのです。
この演奏会で、私はドビュッシーの「海」を演奏する前に、聴衆に向かって「震災、特にその海の猛威によって失われた魂を追悼します」と語りかけました。やがて、曲が進むうちに気づきました。眼前に広がるイメージは、ただ「自然の美しさ」ばかりであり、「自然と向き合う自分の姿」しかないのだ、と。自然の猛威より、「自然との共生」に視点を向けるのが音楽の本来の姿だ、と実感したのです。
こうして「自然と音楽」のコンセプトが生まれました。そして「自然と対峙したときに人間が感じる心のあり方」をベートーヴェン以降の作曲家の多くが表現しようとしていることに着目し、私が音楽を演奏するときの中心的なコンセプトにも据えようと思ったのです。
「日本人にベートーヴェンがわかってたまるか」
――村中さんが「自然と音楽」を自らのテーマに据えようと思ったのは、そのときが最初でしたか?
村中 はい。ただし、ここに行き着く前、音楽家である自分にとってクリアしなければならない、たいへん重要なテーマが別にありました。
私は海外から日本に拠点を移すまで、ヨーロッパの地を転々として経験を重ねてきました。ウィーンに学び、ローマに住み、ロンドンで活動し……といった経歴の中で一番大切にしていたのは、「自分は誰なのか?」という問いに真剣に向き合うことでした。そうやって自問することが次第に習慣化し、あるときから、この問いは音楽家として世界で活動する上で最も重要なことだ、と確信するようになったのです。
Photo : Daisuke Muranaka©中村ユタカ
でも、初めからそう考えていたわけではありません。自問のきっかけが与えられた最初の体験は、渡欧してウィーン国立音楽大学の指揮科で留学生活を始めた直後にありました。先輩のドイツ人指揮者から「お前たち日本人なんかにベートーヴェンがわかってたまるか」と言われたのです。
これはまさにカルチャーショックでした。そういうことは普通、内心では思っていても、「黙って語らず」というのがヨーロッパ人の不文律のようなものでしたが、そのドイツ人は違ったわけです。
――そんなショッキングなことを言われて、何と答えたのですか?
村中 私はとっさに切り返しました。「君たちドイツ人だけでなく、僕らのような極東の日本人にもわかるくらいベートーヴェンの音楽は素晴らしいものだし、普遍的な音楽だと思う」と。
今にして思えば、この出来事は自分自身を見つめ直す大きなチャンスであり、ある意味で「天からの問いかけ」だったのです。当時は自分でもうまく切り返したつもりだったのですが、後になればなるほど、相手が発した言葉のエネルギーがボディブローのように効いてきました。私の心の中に、「本当に自分の言った通りなのかどうか、実際はどうなのかを検証してみたい」という欲求がふつふつと湧いてきたのですね。
ここで申し上げておかなければならないのは、当時から私は、西洋人の音楽作りと自分の音楽作りにあまり大きな違いを感じていなかったということです。日本の普通の大学を卒業して、独学に近い形で音楽を勉強していたので、ウィーンには先入観なしに音楽を学びにやってきた。「当たって砕けろ」みたいな感じで留学したというか(笑)。誰かに教わった通りに音楽をやってきたわけではなく、自分の方法論は未熟ながらも確立していました。それが独学の強みでしょうか。
加えて、「これは日本人の先達に感謝しなければならないな」と思ったことが、留学当初はたくさんありました。実を言うと、私が外国で生活を始めたときの第一印象は、「なんだ、日本の方が優れているじゃないか」というものだったのです。「ヨーロッパの方が日本より優れている」とは思わず、日本の優れた文化と比べたとき、「ヨーロッパははたして本当に凄い文化と言えるのだろうか?」という疑問が先に出てきてしまったのです。
――具体的には、日本の文化のどんなところがヨーロッパに負けていないと感じたのですか。
村中 まず、「食に対する感性の違い」に驚きました。食文化において、明らかに日本の方がヨーロッパより優れていると実感できたのです。
それだけではありません。「身体が大きいヨーロッパ人には、華奢な日本人が持っている繊細さが欠如しているのではないか」と思うような場合も散見されました。たとえばサービス業でも、彼らの毎日の仕事に対する大雑把さには、日本の“お客様至上主義”と違う価値観が見え隠れしました。
端的に言うと、ウィーンでいろいろな店に入ったとき、店側に客を叱りつけるような言葉や態度が多かったことがまず印象に残りました。客を客とも思わぬ態度。そういった様子を目にすると、「日本人の社会がいかに素晴らしいか」がよく見えてきたのです。
だから、いざ音楽をするとなったとき、それがたとえ元はヨーロッパの文化であっても、日本人として音楽への感性が劣るといったコンプレックスを感じることは微塵もありませんでした。そんなことを思いながらウィーンでの生活を始めた最初の年に、「日本人にベートーヴェンがわかってたまるか」というドイツ人指揮者の言葉と出会ったので、割合と冷静に受け止められたのかもしれません。
日本人音楽家への「先入観」とは
――ドイツ人指揮者から、ある意味で侮辱的とも取れることを言われた村中さんは、ショックは受けてもすぐに冷静になったのですね。
実は、彼の言葉の妥当性を考えてみると、当時のヨーロッパでは意外にも「日本人の演奏家は“機械的”に演奏をする人が多い」という評価が多かったのです。これには私も正直驚きました。ドイツ人指揮者の「お前たち日本人にわかってたまるか」という発言は、実際にはヨーロッパで普通に語られるものだったのです。
それから数年経った時期、ローマに拠点を移していた私は、ある有名な国際指揮者コンクールの最終審査の対象3人の中に、100人以上の指揮者から選ばれました。その審査が終わると、1人の審査員が私のところに寄ってきて、「貴方は本当に日本で生まれたのか?」と訊くのです。私が「23歳で大学を卒業するまで日本に住んでいました」と言うと、「あり得ない!」という答えが返ってきました。
その審査員はフランス人で、私が指揮したフランス音楽、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」を聴いていたく感動してくれたらしいのですが、そのリアクションが「貴方が日本人であるわけがない! きっとイタリア生まれの日本人だろう?」でした(笑)。「貴方がリハーサルで話していたイタリア語は日本人離れしているし、音楽の語法が他の日本人音楽家のものとまったく違う。こんな日本人には初めて会った」などと言ってくれました。
最初、褒められたと思って嬉しく感じたのですが、よく考えてみれば、この審査員の言葉の裏にあったのは、「日本人は外国語が下手だし、日本人の音楽の語法は独特だから受け入れられない」という見方。明らかに私たち日本人に対する負の先入観があったのです。つまり、先のドイツ人指揮者とこのフランス人審査員は、基本的に同じ意見を持っていたのです。
――日本人の音楽家は当時のヨーロッパで一般的にネガティブな先入観を持たれていた、と?
村中 実はしばらくして、こんなことがあったんです。。。。。(続く)
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